日本のスペシャルティカーの先駆け、トヨタ・セリカ。ラリーでも大活躍した、7代にも渡る変遷を振り返る

みなさん、こんにちは!今回は、トヨタのスペシャルティカーで長らく看板を張っていたモデル、セリカについてご紹介します。初代モデルは「日本初のスペシャルティカー」とも呼ばれるクルマで、その流麗なスタイリングとカスタマイズの自由度は、後続のクルマに大きな影響を与えました。

モータースポーツのベース車両としても大活躍し、特に世界ラリー選手権(WRC)では日本車初のドライバーズタイトル、マニュファクチャラーズタイトルの両方を獲得。カストロールカラーに彩られたWRC参戦モデルを覚えている方も多いのではないでしょうか。

今回の記事では、セリカの7代にも渡る長い歴史を振り返るとともに、近々復活も噂されるこのクルマの「変わらない魅力」についてお伝えしていきます!

「ダルマ」の愛称で知られる初代モデル


出典:ウィキメディア

セリカの初代モデルの登場は1970年。2ドアクーペと3ドアリフトバック、2タイプのボディ形状が用意されました。当時の日本車では珍しい、リアにかけてのふくよかで丸みのあるデザインと、端がつり上がったフロントメッキバンパーをヒゲに見立てて「ダルマセリカ」、または単に「ダルマ」の愛称で親しまれました。

当時アメリカで大ヒットを飛ばしていたフォード・ムスタングの成り立ちを参考に、セリカも「フルチョイスシステム」という、いわばセミオーダーに近い注文方法を導入。エンジンの形式、内装のデザインや仕上げ、トランスミッションのそれぞれの組み合わせを自由に選択することが可能でした。それでいて、本格的なスポーツカーやGTに比べ、低価格を実現したセリカは、「日本初のスペシャルティカー」と呼ばれ、多くの人々が「頑張れば手が届くクルマ」として大ヒットを記録。1977年まで生産されました。

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1977年に登場した2代目モデルも、2ドアクーペと3ドアリフトバックの2タイプを設定。フロントマスクのインパクトと、流れるような空力デザインのギャップが独特の雰囲気を放っていました。このモデルから、デザインはキャルティデザインリサーチ(CALTY)が担当するようになります。キャルティは、トヨタアメリカのデザインオフィスで、この代以降も独特で斬新なスタイリングのセリカを次々と発表していきます。

2代目モデルでは、上級の派生モデルとしてセリカXX(ダブルエックス)もデビュー。こちらの系譜はのちのスープラにつながっていきます。また、4ドアセダンの「セリカカムリ」というモデルも存在しました。

2代目セリカの最上級モデルはDOHCエンジンを搭載していて、GTを名乗りつつもSOHCエンジンだった日産スカイラインを「名ばかりのGT達は、道を開ける」のキャッチコピーで挑発した、というのは有名な話です。

3代目モデルは、2ドアクーペと3ドアリフトバックの他、セリカ初のオープンモデルも設定。セリカXXと同時期に発売されたため、セリカの中では印象の薄いモデルになってしましたが、一方でモータースポーツでは大いに活躍しました。

当時グループBで争われていたWRCでは、日本初のツインカムターボエンジン「3T-GTEU」を大幅にチューニングした「TA64」で、セリカのWRC仕様車はついに370psに到達していました。まさにモンスターマシン達が顔を揃えるこのカテゴリーで、セリカは信頼性の高さを武器に、1984年から1986年の間、サファリラリー3連覇という偉業を成し遂げます。

リトラクタブルヘッドライトが印象的な、4代目と5代目モデル

1985年にセリカは4代目モデルにバトンタッチします。ボディタイプは2ドアクーペと3ドアリフトバック、コンバーチブルの3タイプを設定。2代目、3代目の角ばったスタイリングから一転、初代モデルを思わせる流線型で丸みのあるスタイリングと、リトラクタブルヘッドライトを装備した薄いフロントマスクは、再び市場に大きな衝撃を与えました。

また、この代で駆動方式はFFへと変更され、以降踏襲されていくこととなります。また、満を持してフルタイム4輪駆動の最強モデル、GT-FOURがラインナップに追加。ベベルギア式センターデフを持ち、2000ccの排気量を持つこのクルマは、WRCで活躍するセリカのイメージをさらに高めました。

このモデルをベースにしたWRC仕様車は、それまでランチア・デルタが連覇し続けていたこのカテゴリーで遂に1990年「日本車初のWRCドライバーズチャンピオン」を獲得することに成功。決してスペック的には有利ではなかったこのクルマですが、チームの絶え間ない改良が栄光を掴むことを可能にしたのです。

1989年から1993年にかけて生産された5代目モデルは、4代目モデルの「丸みのある流線型、リトラクタブルヘッドライト」という特徴をそのまま受け継いだ、キープコンセプトのスタイリングとなりました。最強モデルGT-FOURには、1989年のラリー・ベースモデル「GT-FOURラリー」や、1991年発表のグループAホモロゲーションモデルの「GT-FOUR RC」など、ラリーを強く意識したモデルが設定されていることが大きな特徴です。

特に「GT-FOURラリー」については改造前提の装備内容で、ホイールは通常モデルよりも細く、アルミホイールの設定はなし。クロスミッションを標準装備とする一方、オーディオ、エアコン、パワーウインドウなどの快適装備がことごとく装備されないなど、非常に硬派なモデルとなっています。

5代目モデルもWRCでは大活躍。1992年にドライバーズタイトルを獲得、1993年にはついにドライバーズタイトル、そして日本初のマニュファクチャラーズタイトルをダブルで獲得。「WRCに強いトヨタ・セリカ」の印象を世界に知らしめます。1994年もドライバーズ・マニュファクチャラーズの両タイトルを獲得し、連覇を成し遂げます。この当時の勇姿を鮮明に覚えている方も多いのではないでしょうか。

4つ目が特徴的な6代目

1993年に発売された6代目モデルでは、全車3ナンバーになるとともに、デザインを大幅に刷新。リトラクタブルヘッドライトは廃止され、代わりに特徴的な「4つ目」のフロントマスクに変更されました。最強モデルのGT-FOURは、WRCの開発チーム、トヨタ・チーム・ヨーロッパの監督の意見も取り入れられ、最高出力は255psまで向上。ブレーキも強化されています。また、大型リヤスポイラーやフードエアスクープ、ウォータースプレー、ミスファイアリングシステムなどを装備したWRC仕様車が、国内限定で2,100台のみ発売されました。大きな開口部が特徴のフロントマスク、巨大なリアポイラーなどの特異なスタイリングは独特の迫力を持ち、現在の中古車市場において、程度が良ければ200万円以上の値段が付く人気車種となっています。

6代目セリカのラリー仕様車は、WRCでは思うような成績は残せなかったものの、パイクスピーク・ヒルクライムでは1994年、1996年、1997年に総合優勝。特に1994年の記録は、2007年に破られるまで13年にわたって最速記録であり続けました。

コンパクト化された最終モデル、7代目

7代目モデルは、1999年から2006年にかけて生産されました。販売は苦戦し、このモデルで7代36年に渡るセリカの歴史は幕を下ろします。

それまでの看板スポーツモデル、GT-FOURはこの代では設定されず、またトヨタがWRCから撤退した時期でもあったため、ラリーで活躍することもありませんでした。しかし、車体は軽量、コンパクト化され、エンジンも1.8リッターの自然吸気にダウンサイジングするもリッターあたり100psを超える190psを発生。FFモデルとしては優秀なハンドリングを備え、かつ先代モデルよりも約60〜90kg軽量化されたことで、軽快な運動性能を獲得していました。

セリカは復活する?


出典:ウィキメディア

生産終了からかなりの時間が経つセリカですが、復活の噂が絶えません。2017年にセリカの名前を商標登録していたり、2019年にはスープラも復活したりしているため、次はセリカ、またはMR-2では?と言われています。

すでに4代目モデルくらいまでは国内の中古車市場でも値上がり傾向にあり、新型セリカが発表されれば、さらに中古車市場も盛り上がっていくかもしれません。比較的手頃な値段で、多くのドライバーに「走る楽しさ」を伝えてきたセリカ。復活が待ち遠しいですね。それではまた、次回の記事でお会いしましょう!

[ライター/守屋健]