サニーから派生した日産の異端児!一代限りで終わってしまった3ドアハッチバッククーペ、サニーRZ-1

みなさん、こんにちは!突然ですが、日本では名車であっても、不人気車であっても、一代限りで消えていってしまうクルマがとても多いと思いませんか?今回紹介するクルマも、わずか一代限りで生産を終えてしまった車種の一つ。日産・サニーRZ-1について取り上げます。

サニーといえば、まだ日本で「ダットサン」のブランドが生きていた頃、サニーのクーペモデルがレースのツーリングカーカテゴリーで大きな成功を収めていました。そのスポーティなイメージを引き継いだサニーRZ-1は、一体どんなクルマだったのでしょうか?この記事でじっくり紹介していきたいと思います!

トヨタの対抗馬として生まれた小型ベーシックカー


出典:ウィキメディア

日産・サニーRZ-1を語る上で欠かせないのが、ベースとなったモデル、サニーです。サニーの初代モデルがデビューしたのは1966年のこと。それ以前の日産でサニーと同クラスを担っていたのはブルーバードでしたが、もともと1.0リッター〜1.2リッタークラスとして生産されていた同車が、のちに1.2リッター以上のグレードを主力にするよう変更されたため、空位になった「1.0リッタークラスの大衆車」が求められていました。

果たして初代サニーは、大型のプレス材を使用することで部品の数を絞り込んだ簡潔かつ軽量なモノコックボディと、低回転域のトルクと高回転まで軽やかに回りつつも軽量なエンジンとの組み合わせで「ダットサン・サニー」としてデビュー。市場から高評価を得ました。しかし、ここである伏兵の登場により、サニーは販売面で苦戦を強いられます。そう、同じ年にデビューし、サニーよりも豪華な仕様であることをアピールして登場した、トヨタ・カローラです。

ご存知の通り、その後数十年に渡って、トヨタ・カローラとダットサン(のちに日産)・サニーは「CS戦争」とも呼ばれる長く熾烈な販売競争を繰り広げていきます。この2車の競争はすなわち、日本における大衆車発展の歴史と重なると言えるでしょう。

参考:日産3ドアハッチバッククーペ、サニーRZ-1買取専門ページ!

初代に搭載された傑作エンジン

ちなみに、初代サニーのために開発された水冷直列4気筒OHV1,000ccエンジン「A10型」は、簡単な構造かつ軽量な経済型エンジンながら、その高い柔軟性を生かして、レーシングエンジンのチューニングベースとしても大活躍。以降30年にも渡って生産が続けられる傑作エンジンとなりました。このエンジンがあったからこそ、初代サニーは多くのレースで好成績を残すことが可能だったのです。

この「何の変哲もない大衆車なのに、レースでは大活躍」というサニーの特徴は、特に2代目・4代目のモデルに引き継がれていきます。サニーのボディバリエーションは、2ドア・4ドアセダンと3ドアハッチバッククーペ、バンやピックアップトラックなど多数存在し、このうちクーペは「サニークーペ」の名前で、国内のTSクラス(ツーリングカー)クラスで長年好成績を残しました。

サニーRZ-1の登場

サニーは順調にモデルチェンジを続け、1981年の5代目モデルの登場時に正式名称を「日産・サニー」に変更。それまでOHVだったエンジンはSOHCとなり、内外装、メカニズムともに一気に近代化されました。

そして、1985年に日産・サニーは6代目に進化します。薄いボンネットの中にFFメカニズムを詰め込み、スマートな印象を与える直線基調のエクステリアと相まって、とても若々しいデザインに変貌。このスタイリングが若者にも好評を博し、ユーザー層の若返りにも成功するヒット作となりました。一般には「トラッド・サニー」の愛称で親しまれ、1986年9月の月間販売台数ランキングではカローラを抜いて首位を獲得します。一方で、サニーの歴史上初めて四輪駆動を採用したり、DOHCエンジンを搭載したり、高張力鋼板や防錆鋼板を採用して剛性や耐久性を高めたりと、技術面での進化もしっかり遂げています。

サニーRZ-1は、この6代目サニーをベースに開発されました。それまで2ドアクーペは「サニー」の中のボディバリエーションの一つでしたが、サニーRZ-1は初めて独立したモデルとして作られています。デビューは1986年で、1990年までのわずか4年間しか生産されませんでした。名前の由来は「Runabout Zenith No.1」の頭文字から取られた造語で、「アールズィーワン」と発音します。

独特のエッジーなエクステリア

ボディの形状は3ドア・ハッチバッククーペ。この時代でも珍しいほど、かなりエッジの効いた直線基調のエクステリアとなっています。メカニズムのほとんどはベースとなったサニーから受け継いでいて、シャシーも共通のものとなっているものの、ボディの外板に関しては多くが専用に作り直されていました。

スラント角のついた、エッジの効いたフロントマスク。ボディ側面に回り込むリアのハッチバックゲートガラス、そしてブリスターフェンダーなど、かなり「いかつい」デザインではありますが、そこはあくまでスペシャルティカー。エンジンは初期型が直列4気筒1.5リッターSOHCと、直列4気筒1.5リッターSOHCターボの2種類で、それぞれ85psと115psを発生。後期型で直列4気筒1.6リッターDOHCが追加され、「TWINCAM」シリーズとして新たなグレードとなります。こちらの最高出力は120ps。1トン前後のボディを軽快に走らせることは可能でしたが、FFということもあり、本格的なスポーツカーというよりは「デートカー」としての性格が強かったと言えるでしょう。事実、CMでのキャッチコピーは「美しいから、ころがしたい」でした。

ところが、そんなサニーRZ-1にも、日産のモータースポーツを一手に引き受ける「NISMO」の名を冠したグレードが追加されます。その名も「TWINCAM NISMO」。先述の「TWINCAM」をベースにしており、120psのエンジンには手が加えられていないものの、サスペンションや外装のエアロパーツ、内装の仕様に変更を加えたスポーツ仕様でした。パワーウインドウまで取り去ったスパルタンな仕様は、走ることに集中したいドライバーに向けての日産から、そしてサニーRZ-1からの回答だったのです。

内装に関しては、この時代、そしてこのクラスでは珍しくデジタルメーターを採用していたことが特徴のひとつ。組み合わされるトランスミッションは、5速マニュアルか3速(のちに4速)オートマチックという標準的なものでした。

一代限りに終わった希少車

サニーRZ-1は、サニーのクーぺモデルとして生れながら、レース活動はほとんど行われず、目立ったレーシングヒストリーは存在しません。その点から見ても、サニーの歴史の中でかなり特異な存在と言えるでしょう。

サニーRZ-1の販売は伸びず、2代目モデルも登場しないまま、わずか4年間で生産を中止します。事実上の後継車となったのは「NXクーペ」でしたが、サニーRZ-1とは似ても似つかない曲線を生かしたスタイリングで、「量産車のコンポーネントを利用する」という成り立ちこそ引き継いでいるものの、共通点はほとんどない全く新しいモデルに生まれ変わっていました。

サニーRZ-1の希少性は、現在の国内中古車市場を調べてみれば明らかです。2019年6月現在での流通量はゼロ。相場もほとんど存在しないと言ってよいでしょう。今からこのクルマに乗りたい!という方は、気長に出物がある時を待つしかなさそうです。

スカイライン、シルビアといった花形モデルの陰で、サニーベースの安価なスペシャルティカーとして日産のボトムを担っていた日産・サニーRZ-1。海外へも輸出はされていて、多くは「セントラRZ-1」、ヨーロッパではそのまま「サニークーペ」として販売されていました。日本を離れた個体も数は多くなく、今では国内外問わずなかなかお目にかかれない「珍車」のひとつになっていると言えるでしょう。日本で一体どれだけの数が生き残っているか、気になるところですね。それでは、また次回の記事でお会いしましょう!

[ライター/守屋健]